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2009年12月14日 (月)

僕は転校生

 昨夜、小学校のクラスメイトによる忘年会がありました。

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 小学6年生に上がる春休み、私は愛知県から引っ越して、東京都北区立滝野川第一小学校に転校しました。6年1組でした。

 同級生はすべて始めての東京人としての友達であり、担任も始めての東京の先生だったわけです。ですからその出会いは強烈で、今でも鮮明に記憶に残っているのです。

 実はつい先日、その同級生だったK君から東京海洋大学の事務局にメールが届き、そのメールが転送されてきました。

 滝野川第一小学校が創立100周年を迎えるので、パーティーがあり、クラス会にもなるので参加しませんかというお誘いでした。

 私は震えました。K君はもちろん、その小学校の同級生の顔が走馬灯のように頭の中をよぎり、懐かしさでいっぱいになりました。K君は成績優秀でエリートコースを歩んでいると噂を聞いたことがある人です。

 同時に「名前を呼びたくないあの担任」の顔も。

 その日はたまたま取材の仕事が入っていたので、調整を試みましたが

 相手と自然ありきの仕事ですからそれも不可能で欠席しましたが、内心ほっとしているところもあったのです。

 それはあの担任にあってしまったらどうしようという、葛藤があったからです。

 あの担任のことは、過去の別ブログで書いていますので、ぜひこちらをお読みください。 絶対忘れない暴力教師が担任だったのです。

 パーティーを欠席した私にK君は「6年1組忘年会」なるものを企画したと連絡をくれました。K君と同じくエリートのT君が幹事を務めているとのことでT君のアドレスを教えてくれました。

 私は2日前まで仕事を調整し、行ってきました。私にとってはクラス会なのです。

そこには懐かしい顔が、、、、。

 私はそのまま公立中学へ進学しましたが、私立校へ行った友達も多く、彼らとは37年ぶり、そして中学も同級生だった彼らとは34年ぶりの再会となりました。

 「え、誰だっけ?」と私を思い出してくれない女子には

「そうだよ、僕だよ。」と20世紀少年のまねをしてからかいました。

 話題はさまざまでしたが、会話が進むにつれてあの時こうだった。たしかこんな話をしていたなどなど、記憶がどんどん蘇って来て、私もまだボケていないなと自分で関心してしまうほどでしたが、やはり「あの担任」の話が一番盛り上がりました。

 とりわけ、私と同様、担任から執拗ないじめを受けていたU君は、

 「俺は机を廊下に出されたもんな。」

「校長先生が通りかかって、”オマエ何やってんだ”と言われて、担任にそうされました、と言ったら校長は、”そうか”と言って行ってしまった。」と苦笑していました。

 U君は「あの担任にされたことがバネになり。打たれ強くなったよ。あれより悪いことはその後なかった。」

 とその成長ぶりを見せてくれましたが、私はトラウマだと言ったら大笑い。

 ま、笑えるだけましかとも思いましたが、担任にいじめられたおかげで、PTAに相談しても「子供を人質に取られているのだから。」と交渉を却下され、某君の母親がノイローゼになったという、今だから言える話も出たことには驚きました。

 集まった中での優等生組は、「いや、俺はあの担任のおかげでここまで来れた。」と言ってましたが、女子は「そこまでやらなくてもいいのに。」と実は思っていたとか教えてくれました。

 話題はこれだけではありませんでしたが、30年の時を超えたにもかかわらず楽しいひとときとなりました。

 集まった仲間は12人。彼らのほとんど地元田端周辺に住んでいて私だけが遠い場所から来ていました。終電に間に合わなくなるので2次会にはいきませんでしたが、みんな本当にありがとう。

 あの担任の件も、一緒にいじめられた仲間と話をすることで少し収まってきました。彼らも私と同様、いや私以上に深い心の傷になっていたかもしれません。

 息子たちの学校では、暴れん坊はいても、いじめや体罰はないそうです。学校発表の表面上だけではなく、「本当にないのか?」と問うてみても「ないよ。」とさらっとしています。

 長男は中一まで少林寺拳法をやって初段を取り、次男は現在柔道の修行中。

 私の趣味、釣りにはたまに付き合ってくれる程度ですが、彼らはそれで私の小学生時代より精神的にも強く育ってくれていると信じています。

 私も、自分をもっと成長させるために、あの担任のトラウマから早く逃れたいものです。いや、精神修養をしてトラウマだと感じなくなることのほうが必要かもしれません。

 私の知らない場所であの担任のような先生がまだどこかにいるかもしれません。体罰は教師の罪だと言われていますが、時にそれも必要だと思っています。

「2度もぶった!親父にも殴られたことがないのに」と言うフレーズは有名ですが、親が甘やかしすぎの場合も多い今日です。

しかし「愛のむち」という言葉があったように、愛がなければたとえ反省を促しても人を説得できないのです。

 少林寺拳法の教えで「力愛不二」というのがありまして、

「愛のない力は暴力なり、力のない愛は無力なり」、と言われています。

無力とは、人を助けるときのものであり、いじめをやめさせる祐紀と力がなければ「かわいそう。」と思うだけでは全く意味がないのだという教えです。

担任だった原田先生(また言っちゃいました)、あなたの教えに「愛」は全く感じられませんでした。

あなたの呪縛的思い出から逃れるために、これからはあなたを反面教師として、さまざまな場所で活用させていただきたいと思います。

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こんな話でこの項は終わりません。

同窓会はいいものです。20世紀少年の影響からか、今年は高校の同窓会もありました。過去を懐かしみ、楽しかったことを思い出して、それを明日の活力にすることは大切なことです。

しかし過去に逃げてはいけません。過去を振り返って今をもっと楽しくしたいのです。

世知辛いその中ですが、一生懸命生きていきましょう。今私は家族がいるだけで、幸せです。受験勉強中の息子が希望港にもし入れなかっったらどうしようとか、私立だったら入学金や学費はどうしようというのは不安であり、不幸せではありません。

クラス会に来た人はみんな幸せそうでした。バツイチ等々の話もありましたが、そういった苦極を今では苦極と思えずに乗り越えてきているのです。

 釣りが私を幸せにしてくれると思って生きてきましたが、過去の友達もしワセにしてくれると感じました。

 この私が釣りの話を一切しないで3時間過ごせたのですから、、、。

ありがとうみんあ。またお会いしましょう。

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