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2019年8月22日 (木)

ブラックバスに思うこと

私が子供の頃、箱根の山奥の湖にブラックバスという珍しい魚がいると聞きました。

写真を見るととてもエキゾチック(外国的)。熱帯魚のシクリッド、グーラミイ、ディスカスを混ぜ合わせたような魚体と模様。

衝撃的でした。

(下記から続きをお読みください)

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1974年8月 芦ノ湖にて

 フナ釣りにはまっていた中1の秋、NHKの「趣味とあなたと」と言う番組でタレントと小沢昭一さん(故人)が魚をだますというテーマで、ルアーとフライを紹介してました。
フライキャスティングを見たのはその時が初めてでした。
番組の中で小沢さんがブラックバスを釣り、動いているバスの姿もその時初めて見ました。
番組の中で、ニジマスの養魚場にてフラットフィッシュという変な形をしたルアーを浮かべ、動いていない時は単なるゴミみたいでしたが、動かすと魚が急に反応して食いついてきました。
とても衝撃的でした。

小沢さんがブラックバスを釣ったルアーは今は姿を消しましたが、ボーマー社のスピードシャッド。カラーはイエローブラックリブス(黄色地に黒いホネ模様)場所は箱根の山奥の湖、そう芦ノ湖でした。

もちろんそのルアーを買いに行きました。

翌年夏休み、父親に連れて行ってもらい、箱根の芦ノ湖へ。

当時は興味ありませんでしたが、未明には遊覧船桟橋でニジマス釣りをする人がたくさんいました。
イカたんをエサに釣っていたニジマスは、銀色で綺麗な魚だなと言う印象だけ残ってます。

「ブラックバスを釣るなら隣の桟橋の方が浅くていいよ。」とニジマス釣りのおじさんの言葉を素直に信じて、その桟橋で、父親と2人で釣り開始。


断っておきますが父親は釣り人ではありません。
息子に付き合ってくれただけです。

私が使っていたルアーはもちろんあのスピードシャッドです。

投げては引きを繰り返すと、時々グーンと重くなり、
ヒットか?と思いきやそれはキンギョ藻でした。
当時は藻がたくさん生えていたのです。


そのうちにまた重くなり、またかと、ロッドを立てると
「バシャーン」と魚が跳ねました。
そしてリールからイトが出て行きましたが、そこからは無我夢中。
ポンピングなど、本を読んで知識だけありましたが、切れるかもとかいう不安もないほど興奮し、リールを巻きました。

不思議に覚えているのは魚が手前に来て桟橋の下に潜ろうとした時、竿先を突っ込んで交わすことが出来たことです。

その間に、父が玉網を持って駆けつけてくれました。

これがブラックバスか?と感動しました。
41cm。ストリンガーに掛けて、ずっとみてました。その間に父も「そのルアー貸して」とスピードシャッドを投げ、40cmのブラックバスを釣りました。
私のロッドはオリムピックブライトロッド、リールはエメラルド350、ラインはルアールの2号でした。父親に貸したのは、スピンキャストのストリーマーでした。
ラインはルアールの3号でした。

父親の魚は逃し、私のは持ち帰って魚拓を取り、食べました。


不味かった記憶があります。
皮を剝がずに塩焼きしたからだと今は思います。

その後、月刊フィッシングに則弘祐さんの記事でトップウォーターの釣りが紹介されバスルアーはデカイ方がいい、とか書いてあり、それに騙されて大きなルアーをたくさん買いましたが釣れませんでした。

その後プラスティックワームの釣りも盛んになりました。

師匠の西山徹さんに出会ったのは中3の時でした。

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1988年 河口湖にて



時は流れて、ブラックバスは全国に広がりました。

アメリカの記事などを見て夢と希望を持って、釣り場作りをしようとした人が多かったのでしょう。

それまで釣りは魚を待つものでしたから、ルアーを投げて引く、というアクティブな釣りは一躍人気のスターになりました。

私のブラックバス釣りは芦ノ湖がルーツでしたから、水が綺麗な湖沼に棲む魚だと思っていたのが、印旛沼や牛久沼など泥水と呼ぶべき水域にも棲むことができるんだとわかった時には驚きました。


当時の雄蛇ヶ池は水が綺麗でした。

バスが繁殖して生存数がマックスになる頃を、私は黄金時代と呼んでますが、いくつかの水域でその黄金時代を体験しました。

あの則さんの記事に騙されて購入したトップウォータールアーは大活躍しました。

水面を割って水しぶきを上げてルアーに食いつくのをみることができる釣りは刺激的なものです。

のちにはまったGT(ロウニンアジ)釣りも水面で釣れるから面白いのでしょう。

若かった頃の私はバス釣りがあったから、休日が待ち遠しく、夢と希望に満ちた毎日を送ることができました。

バスを愛したと言い切れるほどでした。

しかし世の中にはそうでない方々もいるようです。

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1976年 鎌倉湖にて


釣りという自分の目的を、達成するため、人のことや地域住民のことを無視する人たち、他人んを脅してまで場所の確保をするいかつい兄ちゃんたちも増えたようです。

野池で釣りをするために農道へ車で入り、農家の車を妨げたり、ゴミ捨てる、バックラッシュしたイトは、放置する、最悪なのは夜釣りをして寒いからか焚き火して火事を起こしたり。

また魚に対する愛情はどこへ行ったやら、釣り上げた魚をゴボウ抜きして地面にほうり上げ、泥だらけにしたり、、、。
自分が釣りたい魚を大切にしないような行動は信じられませんでしたね。


それをその頃出始めたメーカーのフィールドテスターなるセミプロの人もやっていましたね。

お金がある人はバスボートを購入し、裕福ないい人ではなく、岸釣りしてる前をスピード出して通りすぎたりと、マナーの悪い人もいました。

いい人よりも悪い人の方が目立つのは世の常です。



西山さんとは、
「ああいう奴らとは、一緒に見られたくないな。」とよく話をしてました。

賞金のかかった競技も始まり、アメリカのようにバスプロなるバス釣りで生活ができるかもしれないと若者たちが参入しましたが、プロはそう甘くはありません。

競技で勝って賞金を得たい、スポンサーを増やしたい一心で、自己研鑽ではなく、ズルして勝つという考えを持つ人も現れました。

それを実行しても
大概は組んだ相手とその後険悪になりバレたみたいですがね。

アマチュアの、オカッパリ大会でもありましたよ。

あらかじめよそで釣り上げたデカイ魚を忍ばせ、家族ぐるみズルする人たちも。親がズルすることを子供に教えてどうするの?



バス釣りとは健全な楽しいスポーツじゃなかったのかしら?

他人と競ったり技術を誇示してスポンサーをつけたいために、悪い方へ行っちゃうのかしら?



スターウォーズの理力の暗黒面のように。

そして今。ブラックバスの大半だったオオクチバスよりもコクチバスが増えていることも気になります。

コクチバスは特定外来生物法が施行されてから増えているのです。



さてこんなに長い文章を読んでいただきありがとうございます。

ブラックバス釣りはとても楽しい釣りです。

家内と付き合い始めた頃初めて行った釣りも芦ノ湖のブラックバスでした。

今、私はブラックバス釣りだけをしているわけではありません。情報が多くあり、釣りそのものを考えた時、他にも知的で楽しく、戦略的で面白い釣りがあるからです。

渓流釣り、フライフィッシング、マグロ釣り、コイ釣りなど、身近でしかもライバルが少ない釣りがたくさんあるのです。

独身の頃、とっても愛したGTもついに家族で釣りに行くことができました。

 

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しかしたまに知り合いがSNSでブラックバスの古い釣り具の紹介などをしていると、懐かしくなります。

ついコメントに参加してしまいます。

古き良き時代の釣りを未だに続けている人に対し、思い出させてくれたことに感謝します。

結果もさることながら経過を大切にすること。ブラックバスを水面で釣ることはそれの最たるものですが、

それがどんなに幸せなことか。

はたから見たらおもちゃ、悪く言えばゴミの塊のようなルアーを見つめてニヤニヤできるのは、

オタクな証拠。

そう。そこまで私は今でもブラックバスに想いを馳せてます。




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1975年津久井湖にて

 

 

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