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2020年1月 9日 (木)

令和の太公望 その3 人生を学ぶ!宗教か哲学か、それとも単なる道楽か?

釣り人のことを太公望と呼ぶことは知られていますが、なぜそう呼ぶのかは意外に知られていません。

 

今回は太公望のお話をしましょう。

 

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諸説ありますが、時を遡ること約3000年、紀元前11世紀のお話です。
 中国の周の国の川のほとりで何日も釣りをしながら獲物が1尾もなかったという老人がいました。名前は呂尚。ここからの話はハリが水面まで届いていなかった、あるいはハリが鉤ではなく、カギがない一直線の針だったとか、餌がついていなかったとか、、、。
 それでも老人は毎日飽きもせず、終日釣り糸を垂れていたそうです。釣れない釣りをし続ける変な老人がいると噂は広がりました。
しかし、呂尚は周りのことは気にせず、ずっと釣りのふりをし続けました。

 やがてこのことは世間のうわさとなり、周の国を治めていた文王の耳にまで入るようになりました。その男はひょっとしたら賢人なのかもしれない、と感じた文王は呂尚に会うことにしたのです。


 その背景にはこういうことがありました。文王の祖父、太公(たいこう)は昔「やがて立派な人物が現れてこの国は栄えるだろう」と文王に告げていたのでした。そして、文王はある日、狩りの占いを行うと、「獲物は龍や虎、熊でもなく、王を補佐する人物である」という結果が出ました。それで呂尚に会う気持ちになったのです。


 文王が呂尚に会った時何を釣っているのかと尋ねたところ呂尚はこの界隈で1番の大物を狙っていると答え「あなたの求めるものが天命であるなら、ここへ来られたことも天命といえましょう。」と付け加えた。


 呂尚と話しているうちに、文王は彼の深い知識と高い徳に気づきました。文王は呂尚こそがその人物だと確信しました
文王はこの男こそ自分が待ち望んだ男として、殷を討伐するための師として招きました。

 そして呂尚は太公が望んだ男、すなわち太公望と呼ばれたのです。

 

呂尚は奇妙な釣り方で魚を狙っていたわけではありません。呂尚が狙っていたのは天下、それに食いついてきたのが文王だったのです。この後、呂尚は文王を補佐し天下をとります。
 文王と太公望の戦略は「六韜(りくとう)」という本に書かれています。結構分厚い本ですが、眠くならない自信がある方はぜひお読みください。

 

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「君子はその志を得ることを楽しみ、小人はその事を得ることを楽しむ。」という太公望の言葉は有名です。

 

これを現代に当てはめてみると

 

徳のある人は志を釣ることを楽しみ、小人は魚を得ることを楽しむ。

 

釣りの楽しみや志は、魚が掛かってからの引きを味わっているそのファイトだけではないということです。

 

釣りが哲学、あるいは宗教と言われる所以は、そのあたりにあると思います。

 

釣れなきゃつまらないという考え方が、釣果は努力した結果、

あるいはたまたま運が良かったからの賜物だとわかるようになるまで、どれだけの道のりがあるのでしょうか?

釣りに行くと決めた瞬間から、どのような道具でなどと準備を楽しむことも釣りの一部。これを拒否したら志がなくなってしまいます。

 

 

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