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東日本大震災

2016年11月 2日 (水)

人工授精の実習も。木戸川サケ復興応援イベント その1

「今まで何にもしていないから今度行くときは連れてってくださいよ。」と清水亮一さんに言われていました。

「東北にゆかりがないから、何をどこでしたらいいかわからないんです。でも何もしないでこのまま終わるわけにはいかないです。」と。
羽村市に在住の清水さんは、実は私の少林寺拳法の兄弟子です。
911震災の際には私が岩手県三陸町に支援に行く際、手に入りにくかったガソリンを集めてくれました。
農家の耕運機用などの備蓄から給油して私は岩手に物資を持って行きました。
それだけでも十分な支援なのに、現地へ行きたいと彼は言います。
そういう人はたくさんいるんじゃないかなと思ってました。

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2016年11月 2日 (水)

人工授精の実習も 木戸川サケ応援イベント その2

911震災、地震と津波だけならもっと復興が早く進んだはずだと、木戸川漁協の孵化場長、鈴木謙太郎さんが言いました。

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2015年9月 7日 (月)

福島(楢葉町)復興応援!サーモン見学セミナー

復興応援は今からでも遅くありません。

サーモン(サケ)を媒介にした応援に行きませんか?

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2014年6月 2日 (月)

福島県の川内村に行ってきました。

川内村といえば、原発事故でしばらく閉ざされていた村ですが、このエリアはサケで有名な木戸川の源流域にあたります。

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2012年10月31日 (水)

願、木戸川復興

 東日本大震災の津波で被災した上に、原発の影響で避難していた楢葉町ですが、、、、。

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2012年9月19日 (水)

三陸のサンマ

 岩手県大船渡市三陸町越喜来の知り合いからサンマが届きました。

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知り合いとは先輩の隊長こと及川素一さんです

もちろん気仙沼の秋刀魚は有名ですが、もうちょっと北の大船渡もサンマは美味しいのです。
学生時代、定置網に入ったヤツをたまに食べましたが、脂の乗りは抜群でした。

そんなことを思い出しながら、昨夜は家族でサンマ三昧。三陸へお見舞いに行った経験のある長男は感激。 もちろん今野も頂きます。

ところで

復興支援も兼ねてちょっと宣伝

産地直送サンマを食べたい方は下記のホームページから申し込めます。

鎌田水産株式会社 岩手県大船渡市赤崎町鳥沢164-2

http://3riku-aji.com

フリーダイヤルは  0120-27-8470

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2012年9月 2日 (日)

福島県で原発の危険区域だった楢葉町へ行ってきました。

 楢葉町といえば木戸川です。

1昨年サケ釣りをした後、原発事故で立ち入り禁止になってましたが、、、。

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「道の駅ならは」は除染ステーションになってました。

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2012年3月17日 (土)

越喜来チルドレンの集い

3月11日に北里大学水産学部の、卒業生有志が集まって、三陸を偲ぶ会を行いました。

その名も「越喜来チルドレンの集い」

2000年卒業生の岡野伸行さんが中心となり、若いパワーを見せて運営してくれました。

感謝です。

8期生よりオールドメンバーは少なかったのですが、三陸に馳せる思いはみな同じと、また新しい絆を作りました。

こちらもどうぞ。

スポニチの記事です。

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2012年1月30日 (月)

3月11日を偲びましょう。三陸・越喜来の仲間たちへ

北里大学水産学部、海洋生命科学部を卒業した皆さんへ。

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2011年12月31日 (土)

釣果よりこっち。頑張ろう三陸!!

 今日は暖かい気持ちになる荷物が届きました。

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2011年11月22日 (火)

震災からの復活へ。福島の旅

 白河フォレストスプリングスのフライ教室の後で、

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2011年8月23日 (火)

那須のチーズケーキ

 先日那須に遊びに行った友人が、チースケーキを買ってきてくれた。

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2011年6月 4日 (土)

震災のお見舞い~福島浜通りへ

 東日本大震災で、職場が被災した友人たちのお見舞いに行ってきました。

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2011年4月12日 (火)

停電対策

震災から1カ月、また大きな余震がありました。

それまで停電していなかった、福島県いわき市の友人宅も停電しました。

また岩手県三陸町の隊長の家もやっと復旧したのにまた停電だそうです。

そこで今回は単3電池で光るランタンを送ることにしました。

このランタン。フィッシュ&フィンズの古川さんが見つけてきてくれました。

関西出身の彼は、西日本にネットワークを持っているようで、「ありましたよ。」と提供してくれました。

このランタンで何名かの方々が落ち着くなら喜んで。と。古川さんは私の被災地お見舞いの際には単3電池を200本送ってくれました。

現地の方々は元気に復興を目指しています。自粛を止めて暗い日本から脱出しようと言う考えを持つ傍ら、こちらではやはり現地に何かしてあげたい人がまだまだ沢山います。

私は古川さんのように、小さな援助を繰り返すことを心がけようと思います。

現地で本当に必要なものはこちらでもなかなか見つけにくいのですが、、、、。

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2011年4月 4日 (月)

三陸町越喜来のお見舞い。

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 私の母校は、岩手県大船渡市三陸町です。ここに北里大学海洋生命科学部(旧・水産学部)があります。

 私は8期生、卒業後28年経ってますから今年の卒業生は36期生ってことになりますか。

そしてこの越喜来、今回の津波で被災しました。

卒業生としては居ても立ってもいられない気持ちは、みなさんと同じです。

何かしてあげたい。でもどうすれば、最良の方法は?現地の情報はまったく入ってきませんでした。

3月下旬、東北自動車道の復旧が終わり全線開通したのをきっかけに、1期先輩の長岡さんが、三陸へ車を走らせました。計画停電の最中だったので、地元でガソリンが買えず、途中の高速のサービスエリアで2時間並んで満タンにしたそうです。

そして帰って来てから、浦浜地区と呼ばれる場所の写真を送ってもらい(ブログ掲載済み)愕然としました。

「テレビで見るのより何倍もショックだった。」と長岡さん。

現地では物資は結構届いていたが、電気が復旧していないので、夜は真っ暗。

食料よりもろうそくと電池、そしてガソリンを欲しがっていると教えてくれました。大船渡市内ではガソリンは買えるようになったが、こっちのように何時間も並ばないと買えない状況だと。

私も三陸へ行ってきました。表現が中学生の作文以下になってしまったかもしれませんが、現地情報としてご覧ください。

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2011年4月 1日 (金)

楢葉町木戸川情報

 被災した福島県楢葉町の木戸川べりにて、3月11日の津波を撮影した漁協の友人から、CDRが届いたので、生々しい津波の画像をお送りします。これは本人の希望であり、今は原発の放射能都のダブルパンチで何もできない状態ですが、必ず復興し、皆様にサケを始め、釣りを楽しんでいただきたいとのことでした。

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これは地震直後の第一波。道路すれすれまで水が来ています。この後、水が引いたので、沖を見ると、、、、。

あわてて逃げたそうです。

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彼が高台へ逃げた後、波が押し寄せます。危機一髪でした。

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津波が河口の町を飲み込みました。

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そして引き始め、、、、、。

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ものすごい勢いで引いていきます。手前は木戸川。

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そして第3波が押し寄せます。手前の海岸は、海底がムキ出しになっているのが分かります。右は広野の火力発電所

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第3波が再び町を襲います。

つまりこの地域は、まず小さな第1波が来て、それが引き、大きな第2波、続いて第3波の3回の津波があったことになります。

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避難して2週間後の漁協です。

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漁協の裏の川。お土産屋さんの手前の、あのサケが自然産卵していた川です。

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木戸川。放射能がことがなければすぐにでも復旧活動したいとのこと。

秋になればサケは上ってくるでしょう。今後もみんなで応援しましょう。

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2011年3月29日 (火)

浦浜の様子

 岩手県大船渡市三陸町越喜来という町に北里大学海洋生命科学部(旧水産学部)はあります。

 先週末、東北自動車道が開通したので、7期生の長岡さんが、現地へ陣中見舞いに行ったそうです。

 浦浜という私が下宿していた村がこんなになっていると言う写真を送ってくれました。

 卒業生のみなさんの知り合い、大家さん、下宿、アパートはどうなったのだろうかとこの写真から少しでも想像できれば、、、、。

 現地では朝日田先生指揮の元、避難者、住民が助け合っているそうです。

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浦浜の街中です。

私の下宿は右上のもうちょっと右(写ってません)高台の下のほうにありました。

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浦浜川です。

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浦浜の入口です。

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2011年3月28日 (月)

運命と縁

 私の2人の息子の友人であるO沢クン兄弟(同じ学年)が、昨冬岩手に転校していきました。場所は田野畑村。もちろん今回の震災で被災しました。

家内は彼らの母親と友人でしたので心配して、生存者名簿を捜しました。

そしてひらがなでしたが見つけました。「避難している」と、、、。よかった。

でも連絡が取れないので地図で田野畑村の場所を見たら、先日連絡が取れた小本の友人の家から近いので、現地の情報についてどんな村か、どんな被災状況か聞いてみました。

海岸線は何も残ってないけど、この村は学校も役場も高台にあって、、、。

「なぜ田野畑村なの?」

「実は息子兄弟の友人兄弟が、O沢くんて言うんだけど、、、」

「あ、家内が、田野畑小学校の先生をやっていて、東京から転校してきた子がいるって言ってました。ちょっと待ってね、、、。」

「え?」 と私 「O沢ゆうやクンって言うんだけど、、、。」

奥様の声「知ってるわよ、ゆうやくんはお兄ちゃんね、羽村市小作台から来たっていうから奥山さんの家に近いわねと思ってたのよ、、、。」

「、、、、、、。」私は絶句、そばで聞いていた家内や息子は狂喜、、、。

確かおじいちゃんの家が高台にあって、そこが無事だったので、みんなで暮らしているとか、、、。

詳しいことは今度学校へ行ったら伝えてあげると、、。

世界は狭い!狭すぎる!!!でも嬉しい、運命か??

友人は拙著トラウトフライズ(徳間書店・絶版)に登場してくれた方で、読んでいただいた方は「ああ、あの人か?」とおわかりいただだけるでしょう。

もしかしたら連絡が取れないのは彼らの携帯も流されているかもしれないので、、。とこちらの番号を伝えました。

「だからヤツには防水にしとけって、言ったんだよ。」と長男。

とにかく知らせが届いてよかった。弟よしみくんは度々我が家に遊びに来ていました。

よしみクンの先生の旦那さんが、友達のお父さんとトモダチ。

何かのご縁じゃないですか、、、。

友達、繋がり、、、、、。 昨夜は日本人バンザイ!の我が家でした。

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2011年3月21日 (月)

なぜ

 釣りに関してだけでなく、今なんだか自粛ムードになっていますね。こんなときは静かにしたほうがいいと。

 イベントが次々に中止になるのは、もしこっちに大きな余震、あるいは新たな地震が発生した時の安全確保と、節電が目的なら理解できるのですが、、、。

 政府も言ってましたよね、被災していない方々は経済活動をして、日本の経済をダウンさせないようにお願いしますと。

 娯楽ビジネスをしている人は思いっきり仕事をすることが経済活動ですよね。備蓄に走ってガソリンが買えなくなる状態を作るより、義援金や物資を送って、あとは普通に生活したほうがいいのではないでしょうか?

 プロ野球もしかり、、土日のデーゲームをドーム球場以外の場所で行ってほしいと思います。多くのファンの楽しみを自粛ムードでさらに暗くすることはないのでは、、、。

 経済活動と言っても、ちょっと待って、、、、。

ドーム内をこうこうと照らすナイターは、、、、。せっかく計画節電しているのに、、、、。

 矛盾ですかね?

 話は釣りに戻して、今回放射能とダブルで被災した福島県の釣り場、例えば木戸川、なんとか復興してサケマス孵化事業、放流事業を再開してほしいものです。

 調査費用プラス、寄付金集めたっていいと思いますよ。未来のために。今参加費6000円ですが、1万円だってファンは来てくれるはず。いい川がなけりゃ、サケは上ってこない、増殖できない、釣れない。そのために木戸川漁協の人には頑張っていただきたい。せっかく昨年、あんな遡上が少ない中でいい管理をしたのですから、、、。負けないでください。

 大勢の人が楽しみにしていると思います。木戸川ガンバレとエールを送りたいと思います。

 白河フォレストスプリングス、林養魚場も一生懸命です。こちらのニジマス日記をご覧ください。

追伸・今日4時間並んでやっとガソリンが買えました。あと7リットルしか残っていませんでした。

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2011年3月21日 (月)

助け合い

 津波から逃げ、危機一髪だった福島の友人から近況報告が来ました。

彼の自宅はいわき市ですが、津波の直接被害はなかったそうです。また今のところ避難区域には入っていないそうです。そろそろ逃げようかと家族や親せきで相談しているのですが、、、、。

彼の自宅は何と水道が使えるとのこと。いわき市の90%は断水しているのに、、、、。

そこで近所の方々にお風呂を提供したり、水を分けたりして生活しているそうです。

 こんな時、助け合うのは大切ですね。

普段はあまり会話のない方々でも、これがきっかけでお近づきになるってこともあるそうです。

よいきっかけではありませんが、某海外の国のように、「暴動や略奪が起こらないのが日本人のいいとこです。」と海外メディアも絶賛しています。

何か必要なものがあったら遠慮なく言ってね。というぐらいしか私にはできませんでした。

 

 

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2011年3月21日 (月)

みんなで協力しましょう

 計画停電が今日から始まります。震災の復興を願い、「不便だ。」とは思わないで、みんなで協力しましょう。

 このブログに出したところ、「電気ウキが活躍してます。」と言うメールも多数いただきました。あわてて電池を買いに走らなくても、役立つものが身の回りにあればそれを使いましょう。

 また節水に関してですが、多摩川下流で活躍している山ちゃんこと山崎充啓さんからメールが来ましたので、お知らせいたします。

タマゾンなんて呼ばれる多摩川ですが、水がきれいになり多くの生き物が棲み、命溢れる川になりました。
皆さんの憩いの場所としても大切な川です。
多摩川の清流を守るため、節水にご協力をお願いします。

多摩川を流れる水の7割程度が下水処理水です。
下水処理場は電気で動いていますので、輪番停電の影響を受けます。
下水処理場は自家発電を持っているはずですが、下水処理場への負担をできる限り減らさなければなりません。
最悪の場合は、トイレの汚水、台所、お風呂など、全ての排水が未処理のまま多摩川に流されます。
30年かかって多摩川は死の川から甦りましたが、未処理の生下水が多摩川に流されれば、再び死の川へ逆戻りしてしまいます。

お皿は洗う前にヘラやボロ布、古新聞でぬぐってから洗ってください。
お風呂は一晩冷ましてから洗濯に使ってください。
シャワーは体を洗い終わってから使いましょう。
トイレで用を済ませた後に、大は大のコック、小は小のコックでお願いします。

地震のせいで、多摩川を死の川に逆戻りさせないために、皆さんの協力が必要です。
関係各位にもお知らせ下さい。
よろしくお願いします。

山崎

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2011年3月17日 (木)

小本の友人

また一家族、無事の知らせがありました。岩手小本の友人です。ご自身の家庭は高台にあって大丈夫でしたが、奥様のご両親が陸前高田にいらっしゃって音信不通だとか、、、。

高田の現場を見に行き、避難所をを回ったらしいのですが、被害は相当だったそうで、、、。

指定避難所以外の避難所で、頑張っていて欲しいと祈ります。

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2011年3月17日 (木)

計画停電

 昨夜、我が家のエリアでは計画停電がありました。

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2011年3月16日 (水)

まだまだ心配ですが、別の心配が首都圏で、、、。

 日が経つにつれて被災の状況が次々に悪化しています。犠牲者数がどんどん増え、悲しんでいます。お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたします。

 そんな中で、テレビや新聞で生還された方のお話を聞くと、ほっとします。

 中には悲しみをこらえ、

「復興を目指して頑張ろう。」

「日本人の凄さを見せてやろう。」

と、家をなくしたご年配の方が言っていたことには感動しました。

 そして昨日、安否がわからなかった私たちの友人、フィッシュ&フィンズの福島メンバー2名と、その家族が安全であることの報告が届きました。本当によかったです。

 ネットでこのブログを見て、福島の2人って自分たちのことなんだろうと、安全を知らせる電話をかけようとしてもメールもダメだったそうです。(ちなみにDoCoMo)

「やっと電話がつながりました。」と言う声を聞いて涙が出ました。

危険もあったそうです。最初の地震の後、職場のみんなで非難した後、何も起こらないので海岸から500mほどの川岸にある職場に戻ってしまったとか、、、。

事務所の中はぐちゃぐちゃで、どこから片付けようか悩んでいたところに2度目の揺れ、屋外に出て川を見ると、第一波はの水がどんどん引いて、、、。

沖を見ると、、、、。白い壁が、、、、。

 あと5分遅かったら波に飲み込まれていたそうです。

自宅は破損した程度だったそうです。ガソリンがまったく買えないと嘆いていました。

 私の住む、羽村でもガソリンは買えません。長蛇の列です。過剰な備蓄意識がそうさせるのでしょう。

 お米も買えません。パンは買えますが、、、。我が家では備蓄用ではなく、常食用のお米も少なくなって来て困っています。

 東京にも大きな地震が来ると予報が出たからでしょうけれど、その過敏な反応は良くないと思います。

 ガソリンを急いで買わなくていい人まで、家にある全部の車を満タンにしておこうとするからこんな状況になるのです。

 もし東京に大きな地震が来たら、、、。と多くの人があつまるイベントが安全確保のために中止になるのは理解できます。

 でも自分たちのことだけ考えて買い占めるなら、その分を被災地に回してあげる気持ちを持つことが大切なのではないでしょうか?

 レストランでは普通に食事ができます。理解できない状態です。

 

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2011年3月13日 (日)

東北の地震の被災者への義援隊が、、、。

 私は大学で地震に会い、その日は2時間半歩いた後、都内で一夜を明かして翌朝羽村へ帰宅しました。

帰ってからテレビを見たら驚愕しました。

 私の第2の故郷とも言うべき、岩手県三陸町も被災しました。大学のホームページによると、、、。

〔3月13日9時現在〕
  ○避難が確認された人数
    三陸キャンパス: 学生162名,教職員25名
    近隣の避難地区: 学生28名(避難場所の特定はできておりません。)
  ○連絡が取れない人数
    学 生: 59名(大学院2名,学部4年生21名,3年生15名,2年生21名)
    教職員: 3名

周りの道路が寸断されているので孤立状態にあるとか、、、。自衛隊と連絡が獲れていて大船渡からの物資が届いたとか、、、。心配です。

我がフィッシュ&フィンズの、メンバーも福島に2名いて連絡が取れません。他にも釣り関係の仲間は、宮古、釜石、仙台、日立、なかみなとにいて、連絡が取れません。

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地震直後の大学グランドからです。お台場の火災も発生したばかりでした。

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